【歴史・観光】
太古の日下は海に面していた
近鉄奈良線石切駅から北西へ約1.5km、標高20mの場所から大正14年、貝塚の遺跡が発見されました。このあたりは昔から貝殻が出土していたようで、「東貝畑」などの字が残っています。

この地を貝塚かもしれないと想定されたのが、当時額田に住んでおられた故八木博氏で、みずから現地で試掘を行い、ここが貝塚であったことを確認されました。その後、京都帝国大学考古学教室による発掘調査が行われ、セタシジミを主とする貝殻や土器が出土。西日本有数の貝塚として注目を集めるようになりました。

また昭和14年には縄文時代の屈葬人骨が数体発見されており、大阪府の考古学史にとって重要な遺跡であるとされ、現在、遺跡の一部が国の史跡に指定されています。

ところで神武東征伝の中で、九州から大和遠征の神武軍が船を寄せて生駒山麓の日下の地に上陸、ナガスネヒコ軍に敗れたとあります。生駒山麓の日下とはいうまでもなくこの地であり、船を寄せたということからも海が迫っていたことがわかります。日下町6丁目には神武天皇が盾を立てて雄叫びされたといわれている地に「神武天皇盾津顕彰碑」が建てられています。

東大阪市日下町2-3-5
交通/近鉄奈良線石切駅



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